雨蛙の賦

台湾・嘉義インターンシップ日記

1. ありがとう、台湾。

こんにちは、ゆうです。

 

本日はアイセックのメンバーに連れられて、台南を一日観光してきました。

もちろん台南の素敵なところを文章にしていきたい気持ちもありますが、この後も何度か訪れることと思うのでもう少し詳しくなってから書きたいと思います。

 

今日、連れて行ってもらったところの一つに「国立台湾文学館」があります。そこでとても印象的な展示を行っていたので書きたいと思います。

 

f:id:teruteru6225:20170305230345j:plain

 

国立台湾文学館は日本統治時代に台南州庁として建築された建物を、博物館としてリノベーションして使っています。台湾文学の発展史についての博物館なのですが、企画展として「台日交流文学特展」がやっていました。日本と台湾の交流に関する文学についての展示がされていて、両国の複雑な歴史とそれを書き残した文学が並んでいました。

大変おもしろい展示で、日本と台湾が昔から時に衝突し、時に親しく交わりながら関わってきた様子をしることができました。

 

特に日本と台湾の複雑さについて思わされたのは次の2つの展示でした。

1つめは戦後に、日本統治から国民党統治という激流に飲み込まれる台湾で、台湾文学者の1人が書いたという言葉です。

 

来世は絶対植民地に生まれたくない。どんなに貧しくても小さな国でもいい。自分の国に生まれたい。それなら、政治のことを心配する必要はない。

政治家に任せて、かまわず自由にしろうよ。むしろそういう君を見てほしい。

邸永漢『潤水渓』(展示の訳文まま)

 

この言葉の前でしばらく立ち止まり、息をのみました。私たちの国がしてきたことの重さをずしりと感じさせる言葉でした。

 

2つめは、企画展の最後に流されていた、3・11の地震に際しての台湾から日本への援助に対するお礼として制作されたCMです。CMの中で被災された方の何人かが「ありがとう、台湾。」と話していました。

私は震災当時、千葉県に住んでいたので怪我などをしたわけではありませんが、非常に大きな揺れを感じました。それでも東北のことについてはどこか他人事に感じてしまっていました。

台湾の方は隣人である私たちに多くの援助をしてくれました。それに比して我が身を恥じるとともに深い台湾への感謝の念が起こりました。

 

 日本と台湾の歴史は上で見てきたように非常に複雑で、私たちの感情も同様です。

一緒に同行してくれた台湾の大学生に対して聞きました。日本統治時代についてどう思っているのか。良かったことも悪かったこともあるし、さまざまな感情があって半々であると答えてくれました。

 

このことで日本と台湾の歴史と、それに伴う複雑な感情を確認することができました。

それについては1年間を通じて、ゆっくり考えることにして今日はこのあたりで終わろうと思います。

明日からはいよいよ仕事が始まりますので、そろそろ眠りにつくとします。

 

最後に、

「ありがとう、台湾。」