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雨蛙の賦

台湾・嘉義インターンシップ日記

0. はじめまして!

思ったこと

はじめまして、ゆうです。

 

このたび、台湾の嘉義というところで1年間インターシップに参加することになったのでせっかくの機会なのでブログの形で日々目にしたものや考えたことをまとめて発信することができたらと思い、この文章を書いています。

 

私は大学4年生を休学して台湾にきています。キャリアの選択が目の前に迫る中、自分でもっと多様な選択肢を作り出すことができるのではないかと考え、今まで経験したことのない、海外で、長期で、企業でのインターンシップで、という形での経験を選びました。

 

その中で台湾のある会社にインターンシップの受け入れをしていただくことが決まり、本日から台湾にきています。

研修先が決まってから台湾について調べていくと、この国はとても興味深い国であると感じます。最近、蔡英文総統の民進党政権の発足やトランプ大統領と蔡英文総統の電話会談が日本でもニュースとして取り上げられました。

加えて日本人であれば、台湾が日本の一部であったという歴史も外すことはできないでしょう。

また、日本と台湾は似ているといわれがちですが、台湾にはオランダ、明、清、日本、国民党と支配者が入れ替わる中で、もともとすんでいる多くの部族の先住民の島に漢民族が移住してきたという歴史も持ちます。

 

少し話は変わりますが、最近私は「国家とは何であるのか」ということをよく考えます。世界を席巻しつつある保護主義自国第一主義をもたらす国民としての意識は何なのか。難民が自国に入ってくることを同じ人間の苦難として受け入れさせないものは何なのか。異なる国籍の人に対して思わず私を身構えさせるものは何なのか。

 

なぜだか世界は世界中の人が助け合うようにはできていません。私は国籍など関係なく人の価値は等しい思うのです。そのくせ、やはり異なる国籍の人に対しては少し身構えてしまうアンビバレントな思いを抱えています。

 

世間でよく言われる「民族」というものはDNAとしてはほとんど同じといってもいい人間が別のものに仕立て上げられることによってできあがるのでしょうか。それを仕立てるのはその地に根付いた価値観であるのでしょうか。そしてその垣根は必ず世界中の人が助け合えることを妨げてしまうのでしょうか。

はたまた、私たちの世界にはすべての人が棲み分けて協働することができるという希望に徐々に近づいているのでしょうか。

 

そんなことを考えるにあたってこの台湾という地は非常に興味深い土地なのではないかと私は考えました。この地で今まで経験してこなかった、異なる国籍を持つ人の中で働く経験から、この重層的な歴史と複雑な今を持つ台湾で目にするすべてのものから、

「協働するということ」を学べるのではないかと考えると、私にはこの1年間は非常におもしろいように感じられます。

 

もちろん、まっすぐ直線状に答えが見つかるわけでも、1年間あれば答えがでるわけでもありません。目にしたもの、話したこと、考えたことの断片を書き留めていく。それを繰り返していくことによって一見散漫にしか見えないものの中から何かが見えてくるのでしょう。その繰り返しでしか、大きな複雑な解に近づく方法はないように思えます。

 

そのためにこのような形で文章を書いていこうと私は思うのです。