雨蛙の賦

台湾・嘉義インターンシップ日記

15. 表現者としての小説家と登山家

こんにちは、ゆうです。

 

だいぶお久しぶりになりますね。最近はどんなことをしているのかというと、台北まで日台関係を研究している日本人教授にお会いしに行って、東アジア情勢や台湾政治についてお話をうかがったりしていました。絶妙な均衡上にある両岸関係から国際政治のダイナミズムや欲望渦巻く台湾政治から濃密な人間関係に触れ、エキサイティングな時間でした。

また仕事では社内唯一の日本語話者として重要な案件のテレアポに成功し、上司が出張に行ったため、商談の相談を直接社長としなければならず、緊張でおなかが痛い日を過ごしていました。人生のどこで役に立つかわからないのでテレアポ力は鍛えておくべきです。久しぶりですごい下手なテレアポでしたが。

 

久しぶりなのにも関わらず台湾とも仕事とも全然関係ないことを書きます。でも、きっと”働く”ということを考えるにあたって、いつかつながっていくでしょう。

最近はKindleで『村上さんのところ』という村上春樹さんが読者から寄せられた様々な質問に回答していくという本を読んでいます。すべてで3000通を越える質問があり、読んでも読んでも残りが減らない大変ありがたい(?)本です。

その回答の1つにとても驚かされたことがありました。

作品を執筆する際に「このメッセージ」を伝えたいことを明確にしてからとりかかるのかという質問に対して、

とくに意図ってないんですよね。最初なにかの断片があって、それがちょっとずつ僕の中で膨らんでいって、そのうちに物語になっていきます。すごく自然に。テーマもメッセージも、そういうものはとくにありません。あるのかもしれないけど、僕にはわからない。僕はただ文章を使って話を書いているだけです。お役に立てなくて申し訳ないですが。」

(『村上さんのところ』より)

 村上春樹さんの本を読むと、美しい文章の裏に何か必ず伝えたいことがあるのだと思っていました。しかし、そこに込められている意図というのは村上さんにとってはなかったのだといういうことは私を驚かせました。村上さんは自分の小説を総体として読んでほしいということもおっしゃっていました。

つまり村上さんにとって社会に表現したいことは誰にでもわかるように言語化されたものではなく、(言語化されてはいるが)小説そのものであるということになります

 

またこれは最近読み終えた本で宮城公博さんの『外道クライマー』という解説を、私の好きな角幡雄介さんがされていました。

この解説には登山には強い美しいラインを示す表現的性格があるということと、登山一般には反社会性を内包しているということを踏まえて、宮城さんらの起こした那智の滝登攀事件は社会に反社会性を内在させている登山というものを社会に対して強く示した、というように書かれていました。

「登りたいから登る。誰も登っていないから登る。そこに自由がある。この道徳律は登山的観点からすると完璧で、一分のスキもない。(中略)たぶん宮城君は、こうした反社会性を内在させたむき出しの登山的道徳律を社会に対してぶつけてみたかったのではないか。」

(『外道クライマー』の解説より)

 

小説を書くということも那智の滝を登るということも自己を表現する手段になりえます。それは音楽も絵画もスポーツも何もかもがそうです。もっと一般的な仕事においてもきっとそうです。

自分自身の”働く”行為にも自己表現は内在されています。そしてそれは簡単に言語として表現することができない総体としての自己の表現なのではないかと思うのです。

言語化するという行為が非線形なものを言語というツールによって自分にも他者にも伝わる形で線形化するという行為であるのなら、そこには線形近似された際に必ず切り出されるものがあります。しかしそれを言語以外の手段で表に出すことよってより総体としての自己を表現できるということを考えます。

 

ここまで書いてきたわかったことは自分は迷子状態にあるということだけでした。考えはまとまるどころが混迷の様相を呈しています。しかし自分について考えることはおもしろいものです。思いっきり迷えるこの時間をとても幸せなものに感じています

 

土曜日は会社の人にマンゴーフェスティバルに連れてってもらうので久しぶりに台湾らしいことを書きたいと思います。笑 お楽しみに!

 

 

14. 台湾横断計画の顛末

こんにちは、ゆうです。

 

今日までの4連休の間はずっと雨でした。3泊ともドミトリー形式のホステルに泊まっていたのですが、エアコンの設定温度を19℃とか21℃にする人の環境意識を問いただしたい。毎朝震える朝を迎えていました。

 

4連休の計画は「台湾横断計画」です。

台湾は南北に走る4000m級の山をかかえる中央山脈によって東西に分けられています。そのため東側に行くには北から回るか南から回るかしかないのかと思っていましたが、なんとバスで真ん中を横断することができるようなのです。

台中県の豊原9:10発のバスで15:00に梨山に到着。次の日に梨山を15:00にでるバスに乗り3時間で東海岸の花蓮に着くことが可能です。これをやってみようと思い、私は土曜日の朝5時に家を出ました。

 

そもそものきっかけは地球の歩き方でした。連休中どこいこうかなと考えながら、ぱらぱらと見ていたら梨山のページで目が留まりました。1ページしか掲載はないのですが、果物とお茶が有名なところだそうです。

全く理由はないのですが、私はこれを見た瞬間にすごく心が惹かれたのです。

そしてアクセス情報見ると、台中から、あるいは、花蓮・宜蘭からバスと書いてあります。梨山は台湾中央付近の山中にあるので、つまりこれは西から東にど真ん中を通過できることになります。しかも帰りのバスは台湾の有名な景勝地「太魯閣峡谷」を通過します。

そして私の連休の計画は台中→梨山→花蓮の台湾横断に決定したのです。

 

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(心をわしづかみにされた梨山のページ。)

 

豊原9:10のバスに乗るためには嘉義を6:10発の電車、その電車に乗るためには家を5時前後にでる必要があります。

いざ土曜日。無事に5時に起きてすぐ家をでました。これで間に合うなと思いながら、自転車を漕ぎながら、銀行のカードの暗証番号を確認することを忘れたことを思い出しました。

 

先日キャッシュカードをなくしたので、新しいカードに交換してもらったので暗証番号がデフォルトで設定されているのです。それをまだ変更できていなかったので、前の晩に見て暗記して、また朝確認しておこうと思っていたのです。

嫌な予感がしましたが、たぶん覚えている番号であっているだろうと思い、戻ると梨山行のバスに乗ることができなくなるのでそのまま駅につきました。

 

駅についてATMにカードを入れます。暗証番号を入力...

はじかれました。

 

焦って、少し違う番号をさらに2回入力しました。

ロックかかりました。

 

しかたないので持っているデビットカードで海外引き出しができるので、5,000元(日本円20,000円ほど)おろそうと入れて、

残高不足でした。

 

1,000元しかおろすことができず、全財産は1,500元ほどしかありません。絶望的な気分でとりあえず電車に乗り込みます。

そこで必死どうするか考えます。

①ロックを外す方法を探す

②日本の自分の口座にお金を入れてもらう

③台中で両替できるところを探して次の電車で豊原にいく

 

まず①は直接銀行に行かねばならないようで真っ先に却下です。次に②は良い方法に思えましたが、私のカード・通帳を持っている親が起きていなくてはならず、梨山でVISAに対応しているATMがなかったらどうにもならなくなる可能性を秘めています。

③は日本円を持っていたので素晴らしい方法のように思えましたが、台湾には外貨両替をできるところがそんなにありません。しかも朝早くだったのでこれもかなり調べて断念しました。

1,500元では行きのバス代とホテル代しか払えず、クレジットカードが使えなくては梨山から出られなくなります。

 

電車の中で逡巡し、クレジットカードが確実に使える新幹線に乗ってとりあえず台北に向かいその中で今後の予定を立てることにしました。

「台湾横断計画」は開始3時間ほどで潰えたのです

 

結果的には「宜蘭」→「花蓮」→「太魯閣峡谷」→「台北という平凡な台湾北東部の旅となりました。旅行中のほとんどが雨で出発時の自分の不注意とあいまって暗い気分でしたが、それを溶かしていったのは台湾の人や食、景色でした。

同じように台湾をバスで横断した人の記事も読まないようにして、地球の歩き方で心をわしづかみにされた梨山を楽しみにしていたのですが、次回に先送りです...

 

また、詳しく紹介しますが、今回いった場所を簡単に。

 

■宜蘭

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(宜蘭の駅はおしゃれなデザイン。)

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(旅行中の食事の白眉。十六崁瓜仔雞麵のワンタン。)

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(宜蘭にもある日本統治の記憶。)

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(電車で逆走するハプニングの結果降り立った頭城。)

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(頭城駅前には葱油餅の屋台。前にならんでいたおばさんが代わりに注文してくれた。)

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(頭城老街。ここでも雨。)

 

■花蓮

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(花蓮の美崙渓付近は日本統治時代の建物が多く並ぶ。修復が終わっておらず朽ちかけた日本家屋に月日を感じる。)

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(日本軍のものだった建物。様々な変遷をへて、今は観光施設となっている。)

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(花蓮の人文についての展示館。中国語しかわからないおばさんが熱心に中を紹介してくれるが言ってることはわからない。)

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(花蓮の東大門夜市は雨でもたくさんの人。私にとって暫定台湾ナンバーワン夜市。)

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(花蓮は美食の町。有名店にたくさんの人が並ぶ。)

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(花蓮の名物、扁食。扁食とはワンタンのこと。)

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(花蓮の小籠包はふかふかで小さい肉まん。)

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(かき氷の中にはタピオカが入っている個性的なかき氷。)

 

■太魯閣峡谷

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(切り立った崖のわきを登ること1時間ほどで太魯閣観光の中心地天祥に到着。ここのごはんは正直微妙だった。)

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(天祥の景色。)

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(天祥から1つ戻って緑水。1時間ほどトレッキングコースを歩く。)

 

台北

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台北駅中で三田製麺所を見つけてついつい食べてしまった。)

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(泊まったホテルは饒河街夜市の近く。せまい道にたくさんの人。私は嘉義や花蓮の広い夜市のほうが好み。)

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(次の日は台北郊外のウーロン茶の産地猫空へ。)

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(ロープウェイで行きます。)

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(猫空到着。ここでずっと雨だった旅中の最後にふさわしい大雨が降ることはまだ知らない。)

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(猫空はお茶の産地。景色の良いところに茶芸館が立ち並ぶ。)

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(適当に入ったお店の猫空鉄観音。飲んでいるときに外は土砂降りに。)

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(帰りは新幹線で駅弁を食べながら。)

 

以上になります!

詳しくはまた機会があれば書いていきたいと思います。

 

今週は土曜日まで仕事がありますので、今日は早く寝て旅の疲れを癒したいと思います。

それではまた!

13. 主観と客観

こんにちは、ゆうです。

 

少しお久しぶりになりますね。台湾は梅雨に近づいているようで雨がよくふります。今までさっぱりふらなかったのに。

 

ここ数日「主観」と「客観」にということを少し考えているので、そのことについて書いていきます。というのも、ぼんやり考えているだけでなかなか思考が進展しないので、書きながら少しずつ掘り下げていきたいと思うのです。

 

私は昔から「自分が嫌い」とか「自分に自信がない」とかいう感情がよくわかりません。極論言うと、そんなに自分が嫌いで、自信がないならなぜ生きているのだろうとすら思っています。

このときの発言は主観的で自分を客観視すればそれなりに自分の優れているところとか好きなところとか見つかるんじゃないかなあと私は考えています。

少し具体例を挙げていきましょう。2つの例は経験に即しています。

 

①地元のこと

私の地元は東京都の川向いに位置するthe ベッドタウンです。多くの人口を抱え、マンションが立ち並んでいます。この地元なのですが、周囲の多くの人がここは田舎だ、と発言するのです。1時間もかからずに東京都心に行けて、人口が50万人近くのこの市のどこが田舎なのか?

 

②高校のこと

私が通っていた高校は学区の2番目の偏差値60前後のそこそこの進学高でした。確かにすごく賢いわけでないけど、ここでもみんな僕たちはバカだというわけです。おいおい、偏差値60は上から16%だぞ、何を言ってるんだとと思ってしまいます。

 

こういったことに疑問を持ちながら、私は自分を客観視することにつとめてきました。私の地元はそこそこ都会だし、私の高校はそこそこ頭がいいぞ、と。対してなんて周囲の人間はなんて主観的に物事を決めつけているのかと思っていたのです。

同様に自分自信についても客観的に考えるくせがついていきました。私は「自分好きでしょー」とか言われるのですが、それは間違っているとはいいませんが、自分を客観視した結果、自分に優れている点と優れていない点があるということを認識しているだけにすぎません。

 

とここまでで話は終わりそうですが、そうではありません。

客観的に何らかの軸に沿って他者に自分を対置する行為は、自己を主観的に認識することを前提しないといけないのではないか? とすれば、今まで私が客観的・主観的と2分してきた思考は何を意味しているのかということが頭にぼんやり引っかかっているのです。

もう少しわかりやすくいうと、自分を他者と比べて評価することが客観的であるというのあれば、比較のためにはまず自分を主観的に評価する必要があるのではないかということです。

 

主観と客観という軸を問い直してみましょうか。主観が主体者として自己を見ることであり、客観が客体者として自己を見るものでであるとするならば、相対観、相対者いわば隣から自己を見るというものを導入してみましょう

さてこの相対観を用いてみると、相対観の繰り返しの中で主観と客観は両立し得るというのが今の思いつきです。

自分と誰かを比べること(相対観)を繰り返すことによって、自己の感覚(主観)と自己の評価(客観)は一致してくるのではないかと思うのです。

 

小学生のとき多くの子供(特に男の子)がスポーツ選手を夢見ます。しかし、年齢に重ねるにつれて自分の能力に対してどこかで諦めを感じいくことが大半ですよね。それは自分の運動能力を周囲の人と比べることによって、主観的に感じていた自分と客観が一致してくるプロセスによっておこるのではないかということが言いたいのです。

 

と、同時に相対観を繰り返すプロセスの中で自信も同時に深まっていくと思うのです。相対観によって客観的な自己と主観的な自己の一致に近づけば近づくほど自己に対する疑いの余地は減っていくのではないか...

つまりそれは日本人の自己に対する自信のなさは相対観、同質的でない他者とのふれあいの少なさに起因するのではないか...

しかし日本の教育ははっきり順位を決めて相対化する気もするし、他人の目を気にしがちな日本人は相対化を繰り替えしている気もする...

 

つらつら書いていきましたが、まだまだ私は主観と客観の森の中でさまよっておりますぼんやりと考えていることをあるとっかかりによって少しずつ解き明かしていくことはおもしろいものです。その分頭が疲れますが。

 

最近特に何も書いていなかったので書いてみましたがいかがでしょうか。笑

この地で感じたことに何かのとっかかりを用いて、1つでも多く分け入っていけたいものです、と忘れてしまいそうになる思いを改めて認識します。

 

台湾では土曜日から4連休です。

見たもの、感じたことを言葉にすることでまたおもしろい思考に出会れば幸いです。

日本も暑くなってきたと聞きました。

季節の変わり目に体調は崩されないようにみなさまご自愛ください。

それではまた。

12. 2カ月経ちました

こんにちは、ゆうです。

 

最近、近所のセブンイレブンのバイトのお兄さんに映画に連れていってもらいました。「Dangal(台題:我和我的冠軍女兒)」というインド映画を見たのですが、英語字幕が小さくセリフ半分くらいしかわからなかったですが、いい映画だったのでみなさん見てください。

 

すでに台湾に来てから2カ月が経ちました。早いもので残すところはもう10カ月くらいですね。非日常に感じていた空間がだんだん日常に感じてきます。大学生になり一人暮らしを始めたときもそうだったのかもしれませんが。

 

最近では顧客開拓のためにメールを送ったり、情報を収集したりしています。インターン先を探すときには「日本人である」ということ以外にただの学生に特に会社に大して貢献できることはないと考えていましたが、逆に考えると日本人であるというだけでただの学生が会社に多少なりとも貢献できるという考えかたにもなるんだなと最近考えています。

私が働いているのはメーカーなので、普段意識する以上に国境というものは確かに存在しているのだと感じます。出荷のためには様々な書類を書かなくてはならず、とりあえずテレアポして、営業行ってということもできません。国という境界は言語や意識、距離で思ったよりも明確に隔てられています。

 

台湾人というのは本当に人とのつながりを大切にするなと感じます。火鍋やボウリングに連れて行ってくれた近所の食堂の店主家族や映画に連れて行ってくれるセブンイレブンのお兄さんや飲みに連れて行ってくれた同僚から、さらに高校の同級生と15人くらいと旅行に行く人やおそらく60歳に近くなっても高校のときの同級生とカフェでお茶をするおばさん達からそれを感じます。

感覚的な話になりますが、台湾人は日本人より幸せそうな人が多いです。その原因は一つは人間関係にあるのではないかと思います。幸福を感じる要因は人によってさまざまです。しかし、周囲の人、家族や友達という身近なコミュニティに感じる心地よさはきっと多くの人が共有してもつ幸福感の源なのではないでしょうか。

台湾はいいところだ、と強く思います。旅行で来るのとはまた違う、長くこの地にいるからこそそう強く感じます。

台湾人は別に特別にフレンドリーなわけではありません。初対面では日本人同様に微笑んで会釈をかわします。しかし、時間が経ち、会う回数を重ねていくうちに、彼らの親切さは度合いを増していきます。そして私は彼らに受け入れられていくと感じます。それは言葉が通じなくてもそうです。一緒にいる心地よさは言語によるものではありません。ただ、受け入れるという意識だけが必要なものなのではないかと思います。

しかし、言語が通じないと知ることはできません。私は高野秀行さんの本がとても好きで台湾に来てからKindleをつかってたくさん読んでいます。辺境ライターの高野さんは、言語オタクで現地の人と現地語で話すことがとても好きだそうです。言語によるコミュケーションは知識を与えてくれます。私は多くの台湾人について深く知ることや彼らから知識を得ることはやはりできません。

 

絶対的なものを大事にしたいと前から考えていました。人と比べてではなくて自分がどうかという尺度で物事を測っていきたい。人の幸福の感じ方は人それぞれであると先ほど書きました。世間のなんでもない暮らしをしている人の中にも本当に幸福な人はたくさんいるように、ここにきて強く感じます。

自分が心から何を欲しているのかを理解すれば、それを満たすことで人は幸福になれると思います。もちろんそれは何もしなくていいわけではありません。自分の欲すものを得るための努力はする必要はあります。しかし、相対的な尺度で物事を見るとき、その努力は自らの幸福と関係ない方向へとむかっていく危険性を持ちます。

「自分がわからない」と、人は良く言います。確かに自分という存在はよくわかりません。それでも自分以上にわかるものがこの世界中にあるのかと考えると、おそらく自分以上に私が理解できるものはないということは自明であるように思えるのです。

自分という非線形な存在は誰にも完全な把握することはできません。かつ時々によって揺れ動きます。そのあいまいな存在を理解するためには自分以外との関係の中に無数の試行を繰り返していく作業が必要であると思います。未知のものと触れたときのときめきが、好きなものに触れたときのやすらぎが、怖いものに触れたときの躊躇が、嫌いなものに触れたときの嫌悪が、そういったすべての感情が自分というあいまいな存在の輪郭をすこしづつあらわにしていくでのはないか。

 

人には生物としての根源的な感情があると思います。死への恐怖はその1つだと思います。人は自らが死ぬことにも、他者が死ぬことにも根源的な恐怖を感じます。しかし、その恐怖すら乗り越えてきた人というのはたくさんいたのですね。自分の大切なものを守るために死への恐怖すら乗り越えることが人にできます。

死を賛美したいわけでは全く持ってありません。ただ人は生物としての自己を自らを律することによって越えていくことができるのではないだろうかという可能性を示したいのです。

自分は作られているものではなくて、作り上げられていく、あるいは、作り上げていくものなのではないか。そうであれば、やはりすべての人が幸福を満たしつつ、だれも傷つけられない調和が、世界に訪れることは、希望として信じられると思うんです。

仮に誰かに勝つことがダーウィンの進化論のように生物にインプットされている本能なんだとしても、それを乗り越えて絶対の中に物事を決すことができたら。

きっと人に劣ることに苦しんだりすることはなくなり、自分の心地よさを求められる、そして、自分以外の心地よさも認められるんじゃないかな

茫漠と広がる思考の中を少しでも言葉にしたくて文章を書いてきました。この地では、人の幸福について考えさせられます。

 

 

 

 

11. 中華職棒観戦記(後編)

こんにちは、ゆうです。

 

中華料理以外の食べ物が食べた過ぎてタイ料理食べてきました。おいしかったです。でもやはりプレートの中には中華風の野菜炒めが...

 

野球観戦後編です!

試合開始時間の17:05を過ぎても試合が始まる気配はないので、おなかが痛くなってきたのでトイレに行こうと思いました。満員だったので待っていると、ざわめきが聞こえてきました。始まるのかな!と思い、早く席に戻りたいのですがトイレが空きません。ようやく用足して戻ると、目の前で投球練習をしているではありませんか!

 

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(試合前の投球練習。めちゃくちゃ近い。)

 

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(満員の一塁側スタンド。外国人の姿もちらほら。台湾在住の人だろうか。)

 

席の目の前には応援用のステージのようなものがあり、ユニフォーム姿の男性がいろいろと話し、場を盛り上げてます。音声はマイクで球場中に聞こえるようになっています。なんと呼ぶのかはわかりませんが、ここでは応援団長と呼んでおきます。

グラウンドでチアガールのダンスが終わったあと、いよいよ試合が始まりました! 15分遅れです。私もにわかライオンズファンとしてライオンズを応援します。

先攻はビジターチームのガーディアンズです。今日の先発ピッチャーは両チームとも外国人。台湾では外国人選手は漢字を当てて表記します。

2ストライクになったり、アウトを取ったりすると音楽が流れ、応援団長が声をかけます。そしてライオンズの攻撃になると、前のステージにチアガールが。かわいいと有名な台湾のチアガールですが、確かに化粧をしてない人が多い台湾の人と比べると明らかに華やかです。そして何より近いです。4列目からステージはすぐそこ。

攻撃中も選手ごとにコールがあって、応援団長とチアガールがコールで盛り上げます。3回になるとチアガールはいなくなり、応援団長だけになりました。試合は5回まで両投手好投で0対0です。6回表にガーディアンズがスクイズで1点を先制しました。

7、8回には再びチアガールが戻ってきて観客も攻撃中は立っての応援になります。チアガールがいなくなってから少しトーンダウンしていた応援ですが、再び盛り上がりだしました! 

しかし、試合はそのあとも点差を広げられて、7対0でガーディアンズが勝利しました。試合後は8回無失点のガーディアンズの先発ピッチャーがヒーローインタビューを受けていました。

はじめての台湾野球はとてもおもしろかってです。日本でも選手ごとの応援歌があって、選手を応援しますが、台湾野球では野球を観戦することよりも、球場で盛り上がることを目的にしているように感じられました。また、一部の台湾野球は何度か八百長問題が発覚しており、選手のプレーに気力がないといったような情報を見たりもしましたが、私が見た試合では選手は全員懸命にプレーしていたように見えました。

 

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(チアガールと応援団長が試合が試合を盛り上げる。イニング間にカメラを向けるとポーズをとってくれる。)

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(マスコットも登場。)

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(グラウンドに飛び出していく選手たち。)

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(試合終了後のグラウンドの様子。奥ではヒーローインタビュー。)

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(試合終了後の球場前。)

 

試合が終わったあとはホテルに帰りました。ホテルの同じ部屋には兵役中の青年の3人組がいて、少しだけ日本語ができたので話すことができました。台湾ではどこにいっても日本語ができる人に出会えます。次の日は1日観光して嘉義に帰りました。その話はまたいつか!

2回にわけたら後編が短くなってしまいましたが...

ではまた!

10. 中華職棒観戦記(前編)

こんにちは、ゆうです。

 

台湾ではインド料理屋さんを見かけません(含むネパール・パキスタン)。日本ではそんなに大きな都市でなくても見かける気がするのですが、なぜなのでしょうか。儲かるんでしょうかね。

 

少し久しぶりになりました。前回とは全然脈絡なく、台湾プロ野球中華職棒」の試合を観戦してきたのでそのことについて書きます。笑

中華職棒とは現在4チームで構成されている台湾のプロ野球で、正式名称は「中華職業棒球大聯盟」といいます。略してCPBLともいいます。ちなみに構成チームは以下の通りです。

チアガールによる応援が日本では有名ですね。台湾全土で試合が組まれているのですが、私が住んでいる嘉義からは台南を本拠地にしている「統一ライオンズ」の「台南市立棒球場」に行ってきました! ここからは観戦までの流れを時系列順で書いていきます。

 

私は野球観戦が趣味で、プロ野球はもちろん、MLB高校野球もとても好きなのです。そこで台湾でもぜひプロ野球を見たい!と思っており、まずは日程と開催地を調べました(2週間ほど前の話)。開催が多いのはもちろん各球団が本拠地としている球場です(中信:台中※、統一台南、富邦:台北※、Lamigo:桃園、※は公式サイトに記載がなくWikipediaより)。

台湾南部を本拠としているのは統一の台南のみだったので台南で試合観戦をすることに決めました。次に日程です。平日は仕事があるので土日で探すと...4/22(土)に17:05試合開始の試合がありました! これを見に行こうと決めましたが、時間がやや遅めです。試合終了後に嘉義に帰って、30分自転車こぐのもめんどくさいと思い、安いドミトリーのホテルをとることにしました。深夜のテンションで1泊で550TWDの宿を同時に確保しました。

ところでチケットの買い方はというと、セブンイレブンファミリーマートの端末で買うこともできるみたいですが、台湾は雨が多いので中止も多いと聞いたので、当日に球場に行って買うことにします。

さて、あとは当日いくだけです。しかし、日にちが近づくと天気予報が芳しくありません。降水確率が70%です。雨降らないかなと不安に思いながら当日を迎えました。

嘉義から台南までは自強号で40分ほど。私は朝から行って台南を観光しようかなと思っていたのですが、朝9時に起きてまだ眠かったので観光は明日でいいかとまた寝てしまいました。笑 結局台南についたのは13時過ぎ。雨は降っていません。朝から何も食べていなかったのでごはんを食べてから、ホテルに荷物を置いて球場にいけば時間的ちょうどいいかなと思い、ごはんを食べました。道を歩きながら雨が少しだけ降っていました。

ごはんを食べたのは台南名物「擔仔麺」の有名店「度小月」。ここでオーダーが通っていなかったみたいで30分ほど待たされたのち、ごはんを食べてから外にでると...

 

雨。

 

けっこうがっつり降ってます。このとき14:40くらい。試合開始時間までは2時間少し。止むかなあと思いながら、とりあえずホテルに行こうとあるきだしました。傘を差しながら歩くと...

 

雨。

 

土砂降りになりました。雨男の面目躍如です。なんとかホテルにたどり着きました。靴やズボンはびしょ濡れです。これは中止かなあと思いながら、チェックインのときに受付の女性に「今日は大雨ですね。僕は野球見に来たんだけど、試合はあると思いますか?」と尋ねてみました。「わかりません(苦笑)」という感じで返事が返ってきたので、とりあえず球場に向かうことにします。

ちなみに球場までは歩いて30分ほど。この雨の中歩きたくないなあと思ってたら、雨が小やみになってきたのでホテルを出ます。歩いていくうちに雨はあがりました。試合開始までは後1時間30分ほど。どうかなとは思いながら、途中のセブンイレブンで雨合羽を購入。ちなみに台湾のセブンイレブンは統一が運営しています。

球場の近くまで来ると、向かいから応援姿の男性2人組が。球場と反対に歩いていくので、私はここで中止を覚悟しました。しかしせっかくきたから球場を見ようと思ってなおも歩きます。

球場につくと...人がたくさんいます! これは試合がありそうだと思い、チケット売り場に行くとチケットが買えました! 買ったチケットは一塁側内野指定席で400元(ちなみに外野は自由席で250元)。ホームの統一ライオンズを応援する席です。

試合開始まで40分ほど時間があったのでグッズショップでライオンズのキャップを購入しました。これは980元で、日本円で4000円近いです。高いですね。笑 日本並みです。

 

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(チケット。)

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(ライオンズのキャップ。キャップには他にも種類がいろいろある。他の応援グッズもたくさん。)

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(球場の外はこんなかんじ。ライオンズつながりで西武ライオンズのユニフォーム姿の人も。なぜか筒香や阿部のユニフォームを着た人もいた。)

 

球場に入場しました。席は4列目でけっこう近くです。球場はそんなに大きくなく10,000人ほどの収容でしょうか。ほとんど外野席でしか試合を見たことがないので、距離感が近すぎてファールボールが怖いです。

席に座ってグラウンド方向を見ます。グラウンドではスタッフが濡れたグラウンドにタオルを浸して絞るという、非常に原始的な方法で試合開始の準備をしています!おいおい、そんなんで大丈夫かと思ずにはいられません。笑  ビジターチームの富邦はキャッチボールをしている選手もいましたが、ホームの統一の選手はまだベンチの中です。

試合が中止でないことを祈りつつ席で待っていると、だんだんと観客がやってきて一塁側内野席ほぼ席は満員に! 土曜日の試合なので人がたくさんです。

 

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(入場直後にとったグラウンドの写真。)

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(裸足のスタッフたちがひたすらタオルを水に浸してから絞る。)

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(試合開始を待つ人々。だんだんと埋まりだす一塁側。三塁側は空席も多く、外野席はがらがら。)

 

試合開始予定時間を過ぎても、まだグラウンドではスタッフがグラウンド整備を行っています。

さて試合はあるのか…というところで長くなってきたので続きは後編で。笑

 

また明日からの仕事をまたがんばっていきたいと思います!

みなさんもよい一週間を!

9. 40日目の憂鬱

こんにちは、ゆうです。

 

日付が変わって3/4に来台した私にとって40日が経過したことになりますね。最近あんまり夜すんなり寝られないので、少し今考えていることを書いていこうと思います。まとまりのない話になると思いますので、私個人に興味のある人以外は読む意味はあんまりないと思います。笑

 

最近はというと、SIMカードのリチャージのためのナンバーをなくし、ケータイを落として画面を割り、なぜかラインの友達が全員消えるというケータイ関係のトラブルに見舞われまくっています。笑 だれでしょうか、Androidは落としても割れないとか言ってた人は。Androidのケータイ(の多く)は落としても割れない、もしくは、Androidのケータイ(の一部は)落ちしても割れない、であることを考慮せず鵜呑みにした自分は浅はかです。笑 リチャージは店頭でしかできなくなり、画面も修理をするしかないでしょう。ラインの友達も今最後の悪あがきをしていますがおそらくどうにもならないでしょう。そんなこんなでどことなく憂鬱な気分の今日です。

 

こんなことはどうでもいいのですが言語のことも憂鬱の要因ですね。大学の第二外国語で少しだけ勉強しただけの中国語は全く人の言っていることは理解できませんし、英語すら英語の上手な人と話すと聞き取れない単語を何度も聞き直しています。仕事は日本語でできるからといっても、台湾にいるにも関わらず中国語ができないことは関われる人の数を制限し、親切な人に囲まれていても疎外を感じさせます

思えば私は中学校で初めて英語を習い始めたときに非常に英語が苦手でした。最初に習う数字のような簡単な綴りの単語でさえも何回書いても覚えられず(one, two までは行けてもthreeはもう無理だった)、100点満点のテストが24点だったときもありました。

加えて苦手なものに数学がありました。英語のほうは高校に入ると得意教科になったのですが、数学は相変わらず苦手でした。私の第一志望の大学の数学を5年分解いて1問も解けずに絶望したものでした。

今の中国語に対する悔しさは中学生のときの英語と、高校生のときの数学に感じたあの悔しさと一緒なんだなと気づきました

 

きっと私には言語学習の才能はないのでしょう。全く自分は中国語を理解し、話しているところが想像できません。職場で日本語で話している台湾人を見ているととても同じ人間と思えません。

しかし、かつて5年ほど前に私にとっての英語は同様の遥かな高みにあったのではないかと考えると、できないものと切り捨てることはやはりできません(英語ができるとは言ってない)。

 

何よりつまらない! 

 

どんな国に行ったってきっと指をさして、紙にかいて、なんとか生活することはできるんですよ。でもやっぱりそれだけじゃつまらないなあと感じるんです。

悶々としている自分は振り捨てて、行動を起こしていく時間こそ、今必要なんですね。台湾のアイセックのメンバーに中国語を教えてくれと頼もうと思った、ちょうどそのとき、彼から中国語を教えようかと申し出てくれました。笑 彼には日本語を教えることで見事win-winの関係が成立です。笑

やはりここであっても外部環境は人を変えるきっかけになるなあと感じます。しかしそれと同時に環境が変わっても外部要因の変化がなければ意味もないというのもまたそうだと思います。きっかけはきっかけとして自己意識の変化から行動の変化に結び付けていかなければいけません。

 

あと少しだけ。最近読んでいた石田ゆうすけさんの本でクアラルンプールでは異なる民族は異なる地域に住んでいると書かれていました。これは何で読んだか忘れましたが、多文化共生が進んでいるといわれるパリでは違う民族同士は関わらないということが多文化共生の形として受け止められている聞きました。私の行ったことのあるシンガポールは中国系、インド系の多く住む町、リトル・インディオ、リトル・チャイナを形成していたことも思い出します。

今、私が感じるこの疎外によって、私は異なる国で生まれ、異なる言語を使う人同士で関わることのむずかしさを感じます。しかも、それは必ずしも言語にだけに阻まれる壁ではないと思うのです。

世界中の人が国籍や言語の違いを感じずに入り混じって暮らす桃源郷のような世界は確かに美しいですが、理想の多文化共生の形とは何かを考えています。

 

予告通りぐちゃぐちゃな文章になっていますね。笑

45日目には思考をまとめて、今後の方針をある程度見通し良くしてみせましょう。

 

とりあえず今の憂鬱を多少言葉にしてこのあたりで。

では休日前の金曜日はりきっていきましょう!